2006年02月27日

待ち合わせの匠

 待ち合わせをして、時間通りに場所に向かったにもかかわらず、いざとなると具体的な待ち合わせ場所がよくわからなかったり、人が多すぎて先方を見つけ出すのに手間取ったり、先方の遅刻にボケッと付き合わされたりすることがある。

 今回は、このような「待ち合わせ」における諸問題を解決するための方法を考えてみる。

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2006年02月08日

方向感覚

ある場所の位置を説明する時に、東西南北ではなく上下左右という表現を使う人がいる。

たとえば、「北海道は青森の上にある」や「和歌山は関西の下のほう」というような言い回しがそうだ。

私は、この、地図上でみる「上」「下」「左」「右」を用いた表現がどうも苦手だ。

そんな細かいことを気にすんなやと言われてしまいそうだが、私は気になってしまう。
気になりすぎて夜も眠れず、昨夜などは寝酒としてわざわざフランスからチャーター便で取り寄せた最高級ワインをしこたま飲んでしまった。

たとえば、自分の知らない土地の話。

「梅田ロフトってどこにありますの?」と訊き、「ああ、ナビオの上の方やで」と言われた場合。

ナビオのフロア案内を見て、上のほうの階にロフトがないことに気がつく。騙された!

また、道案内で「次の角を左に曲がったらずっと上」などと言われれば、左折の後は登り坂にでもなっているのか、などと感じてしまう。
しかしむしろそこは下り坂。とりあえず下に下がらないように助走をつけて大ジャンプをしなければならない。

さらに、ヨーロッパはアフリカの上にあると言われれば、ヨーロッパがアフリカの上空にプカプカと浮かんでいるという絵が出てきてしまう。
天空のヨーロッパ。ぜひ映画化してみたい雰囲気だ。

つまり、こういった場合は「東西南北」で表現していただいた方が私にとっては非常にシンプルでわかりよい。

ちなみにこういった「上下左右・東西南北」というダブルスタンダードのおかげで、私は待ち合わせの時に二度ほどもめた経験がある。

二度とも相手は女で、一人はカルーセル麻紀のような人だっだということもあり、その時私は女(女脳)に対して敵意を感じずにはいられなかった。

と色々書き綴ってきたが、冷静に考え直すと妙に屁理屈っぽさが拭えないのは気のせいではあるまい。

そういうわけではあるが、最後に
「上下左右表現では南南西や北北東を的確に指し示せまい!」
「北極点ではどの方向も南であり、上下左右など無意味に等しいのだ!」
などと勝手に勝利宣言をして、逃げるようにして今回の日記を終わる。
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2005年11月24日

痛かったネットオークション

先日、久しぶりにとあるネットオークションで、ある電化製品に入札し、落札に成功した。

よそで新品を買えばだいたい22000円ぐらいするものだが、ネットオークションでの落札価格は20000円と、少し安め。
しかも、「超美品」、「新品同様」、「キズなし」、「ACアダプタなど付属品もついてます」との触れ込み。相手の評価もまあまあだ。

落札後に出品者と連絡を取り合い、数日後、商品が届いた。

が、包装を開いて驚いた。

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2005年11月23日

ちょっといい言葉3

最上の幸福は、一年の終わりにおいて、年頭における自己よりも、よりよくなったと感ずることである。

トルストイ


年の瀬にこういった言葉を見ると、特に私のような人間にとってはいささか耳が痛いが、今年のあと1カ月をどうやって過ごそうかと、たまには少し考えてみることにする。
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2005年10月10日

ちょっといい言葉2

明日ありと思う心の仇桜

夜半に嵐が吹かぬものかは



by 親鸞上人絵詞伝


※「仇桜(あだざくら)」は、儚く散る桜の花のこと。
※「夜半(よわ)」は、夜中という意味。

つまり、綺麗に咲き誇ってる桜がきっと明日も咲いているだろうと思っていても、その夜中の嵐で儚く散ってしまうこともあるから、世の中は諸行無常であり、先が見えない。つまりは、一日一日を悔いのないよう大切に生きていきましょうという意味だ。
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2005年09月15日

甘くない話

「ジュース」の正確な定義は果汁100%のものに限られるそうだが、最近は果汁1%でもジュースと呼ばれることが一般化しているので、私も広く清涼飲料水のことをジュースと呼ぶことにする。

で、このジュース。何が問題なのかというと、糖質だ。まあジュースの糖分が高いということは周知ではあるが、ではそれがどの程度高く、それによってどんな影響が出るると言われているのか。

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2005年08月13日

ちょっといい言葉

小さなしあわせをたくさん集めましょう。

大きなしあわせがそうたくさんあるとは思えません。

たくさんのしあわせを身近に拾ってごらんなさい。

大きなしあわせになりますよ。

清水 雅


レディス4の 月末対談で高瀬広居氏が引用していた言葉だ。
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2005年08月01日

健康診断を診断してきた

先日、近所の保健所で健康診断を受けてきた。今回は、俗に言うお役所仕事とはどんなものかを知ってみたいという隠れた興味もあり、相手を民間だと仮想して(実際は官業だったと思う)サービスを受けてみることにしたのだ。

あらかじめ断っておくが、私は基本的に行政についてあまり目くじらを立てて怒りを覚えるというほどの人間ではない。どちらかといえば、身内に甘く、暇さえあれば一方的に行政を叩きまくるワイドショーやマスコミに立腹するほうだ。どこかあまのじゃくかもしれないが。

では、本題に戻る。まず、保健所のホームページには受付時間や診断から発行までの期間、また一般的な診断にかかる料金の目安等の記載はないので、これらは事前に電話で問い合せなければならない。しかも、その電話の時にはじめて健康診断を受けるには予約が必要である旨を告げられたりもする。

で、予約を入れていよいよ診断だ。とりあえず受付のおばはんに数枚の記入用紙を渡されるので、それぞれに住所やら名前やらを書く。私は診断書が3部必要だったので予約電話の際にあらかじめその旨を伝えておいたのだが、受付のおばはんには伝わっていなかったようで、言ったらビックリされた。「本当に必要?無駄にならない?」とも訊かれたが、心の中では必要ないならはじめから3部も申し付けないゾとツッコミを入れておいた。ただ通常診断書を3部も必要とする人間は殆どいないようで、おばはんは想定外のことに戸惑ったのだと思われる。

その後、身長体重を測った。じつは1ヵ月ほど前によそで健康診断を受けていたのだが、その時に比べて身長が0.6ミリのアップ、体重が3キロのダウンという驚異の変化だった。さらに、視力を測ると両眼それぞれ0.1〜0.2アップしていた。この1ヶ月間は特に生活環境や自覚できる心身の変化もなかったので、この数字にはとても驚いた。今回のがおかしいのか、前のがおかしいのか、両方おかしいのかはわからないが。もしかしたら実際に私の身体がそう変化していたのかもしれない。だがこの点を通しては、他の専門的な測定値(血液検査、検尿等)の判断は正確にされているのだろうかという不安に繋がった。

そんなこんなで診断を終え、最後に代金を払うために会計の窓口に立った。暫く様子を見てみたが、職員はみんな見て見ぬふりだった。よほど私の存在感が薄かったのか、とも思ったが、コンビニのレジに行くと店員が走ってくるぐらいだから、保健所の場合は見て見ぬフリなのか。黙ってつっ立っている私の態度もどうなんだという感じはするが。

やっと現われたおばはんに代金を支払って領収書を貰った。ただ、おばはんは診断書の発行日を言い添えてはくれなかった。私は事前に電話で訊いたから知っていたが、もし発行日を知らない人がこういった対応を受けたら自分から訊かなければならない。訊くのを忘れたら、また改めて電話で問い合せなければならない羽目になる。

また診断にかかる料金は公的機関という特質上、一般的な病院で受けるより安価ではあるが、週1回・それも平日というのはもう少しなんとかならないものなのだろうか。予防医療を推進するなら、より幅広い人々に気軽に健康診断を受けられるようもう少し気の利いたスケジュールにならないものか。まあ予算など色々な都合もあるかとは思うが、一考いただきたい。

素人的に目がついたのはこのぐらいだが、もしコンサルのプロがチェックをすれば改善ポイントは死ぬほど出てくると思われる。

もう少し言うと、官業に対して単純に民間ノウハウをまるごと全部取り入れていっくれとまでは言わないが、もう少しサービス精神を持って、市民の立場を想定しながら改善を図っていただきたいと思った。ホームページや口頭による十分な説明とか積極応対をしたところで大してコストがかかるとは思えないし。

なお、肝心の私の健康診断の結果は一応異常なしということだった。本当に信じて良いのだろうか、と、にわかに疑いつつ今回の日記を終わる。
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2005年07月28日

女尊男卑(CM non grata)

男として作り手の価値観や倫理観に疑問を感じてしまわざるを得ないCMがある。最近は特に多くなってきた気がするが、世の中の流れなのだろうか。ちなみにこの記事は半分受け売りだ。

で、具体的にはどういった類のCMかというと、女が男に酷い仕打ちをするCMだ。特にファブリーズのCMシリーズ。これは基本的に嫁がわざとらしさ全開で旦那を馬鹿にしたり罵ったりする内容のものが多い。また、チオビタドリンクのCM。最後のシーンで嫁が疲れきっている旦那に対して「ハタラケ」「世話が焼けるな」と追い撃ちをかける。これのどこが愛情一本なのかと感じてしまう。

他には、ちょっと前のものだと、女のアイドルが軽快な音楽とともに男たちに回し蹴りをするというCMや、女優が男の子供にキックを食らわせるお茶のCM、「女は変わった、男はどうだ」というコピーでスタイリッシュに歩くOLの後ろでつまづきながら書類をぶちまける男を描写した新聞のCM、厭味たっぷりに「太っ腹〜」と言いながら旦那のお腹を見る嫁と娘が登場する保険会社のCM(最後に旦那が必死に縄跳びに励むという哀しいオチ付き)、「男って馬鹿よね」と言って女がカメラ目線で焼きそばを食べるCM、女の赤ちゃんはオムツ着用だが男の赤ちゃんはフリチンというオムツのCM、ことごとく男たちを手の平で転がす小悪魔女を提案しているかのようなシャンプーのCM、旦那の脱いだ靴下を一緒に洗濯すると雑菌がうつるので殺菌しましょうという洗剤のCM、ゴキブリと一緒に旦那も泡で固めようという殺虫剤のCMなど‥

数え挙げればきりがない。昔は「ワタシ作る人、ボク食べる人」というCMが抗議の末に打ち切りになったらしいが、さっき挙げたようなCMに抗議する男はいないのだろうか。女も少し考えてみてもらいたい。この記事の「男(旦那)」と「女(嫁)」を逆にしても許容できる範囲か。

気にしすぎといえばそうかもしれないが、ネットを見る限りこういった現状を問題視している人は少なからずいるようだ。

これくらい大目に見るのが男の美徳か、ここで声をあげるのが正義か、意見の分かれそうなところだが、私はこういったCMを許可した企業の商品やサービスは避けることにする。そんなところで今回の日記を終わる。

関連リンク
男性人権擁護団体「落ち武者」
てつはい〜男性差別を訴えるページ〜
男性差別開放人民戦線
反・男性差別blog
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2005年07月26日

伝えてこそ

JR福知山線脱線事故の日、暇だったということもあり私は生まれて初めて献血に行ってきた。

まあやっぱり、あれだけ被害者がいるのに自分はのうのうとしているわけにもいかないというわけだ。

自分の人生を振り返ってみても今まで色々な人の助けを借りながら生きてきたということは事実だし、迷惑もかけてきた。そういったことを省みると、やっぱり社会に少しでも役に立てるような行動を起こすことはごく自然なことかな、と思い込んで納得している。正直言って、特に誰かに褒められたいとか認められたいとか、そういう下心めいた気持ちもあったことは確かだ。だが、そういった下心がいけないことだと誰が決められようか。

キレイゴトを言うなという意見も出てきそうだが、まあそれはそれで結構だと思う。人それぞれものの捉え方、考え方は違う。ただ私は、ひがみを言うだけで何もしない人間には憧れない。

私は常々、善意だけでなく実際の行動が伴ってはじめて人の役に立てるのではないかと思っている。先程の献血の件に限らず、何でもそうだ。

たとえば電車で席を譲るのも、「譲った方が良いかなぁ…でもなんか照れ臭いしなぁ」とか、結局自分の脳みその中だけで完結していては、それは真の意味での善意とは言えない。相手にとってみれば、同情してくれている人も無関心な人も見分けがつかないからだ。もちろんそういった善意の気持ちを持つことは、無関心でいるよりもずっと素晴らしいことだし、原動力となり得るという意味で重要なステップだ。
だが惜しい。そこまで思うことができたなら、あとはほんの少しの勇気で口と体を動かして実行に移してみるべきだ。

ただ事実として、この2ステップ目は難しい。じつは私もまだまだ躊躇することが多いのだ。時々、この一連の流れを自然にこなしてのける人を見かけるが、思うに、ああいった人は恐らく信念が強いか、自分に厳しい人なのだろう。しかしそれは何も特別なことではない。誰にでも、気持ちのもちよう次第でできることだ。もっといえば、脳みそのごく一部分の働き次第ということになる。そう考えれば何もたいそうなことではない。

繰り返しになるが、善意の気持ち・感謝の気持ちを持つだけでは相手に何も伝わらない。伝えたいと思うなら、手をさしのべたり「ありがとう」を言ったり、カタチにした方が良い。無関心な仏顔より、道を譲ってくれる閻魔顔の方が断然良い。

押し付けるつもりで書いたはずではなかったのに、なんだか説教臭くなってしまったのでさっさと今回の日記を終わる。
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2005年07月16日

危ないのは

住宅地で自転車を漕いでいると、時々子供が走り回っていたり遊んでいるところにさしかかる。

怪我でもさせたらこっちが大変なので私は十分な距離をとり、さらに徐行する。

その光景を見た、その子供の母親が子供に対して「〇〇ちゃん、危ないからコッチ!」と言い、子供を安全な場所へと誘導する。

何か疑問を感じやしないだろうか?

そう、「危ない」のは自転車やバイクの通る道路で我が子を遊ばせて目をはなしている母親の方ではないか。私は通行しようとしただけだし、ましてや危険防止策もとっている。

で、あるにも関わらず、あたかも私が子供を轢死させる危ないおっさんで、母子の目の敵であるかのように表現されるのだ(ちょっと大袈裟だが)。

この場合の、母親が用いるべき表現は「〇〇ちゃん、邪魔だからコッチ!…(こちらに対して)スイマセン」ではないだろうか。
まあ、我が子に「邪魔」などと言ってしまうのは気がひけるのだろうが、こちらの立場や社会的な常識を考えればこのくらいが妥当だろう。

なんだか愚痴っぽくなってしまったので、早々に今回の日記を終わる。
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2005年07月15日

1000円札の謎

今、手元に野口英世の1000円紙幣があるなら見ていただきたい。何か気づくことはないだろうか?

そう、野口英世の左目(向かって右側の目)が微妙におかしい。微妙というか、これはもはや明らかにおかしい。

一方、裏には富士山が描かれている。この富士山を見つめながら1000円札を持ち上げると…富士山の真ん中に透かされたさっきの野口英世の左目が来るではないか。これは単なる偶然なのか?何らかの意図があるのか?

じつは、アメリカの1ドル紙幣にはピラミッドと目玉が(透かしではなく堂々と)描かれている。こちらは世界最大の秘密結社・フリーメイソンのシンボルマークと言われており、スターバックスコーヒーの店内の壁紙やアメリカの大学ロゴなど様々なところで同じような「ピラミッドと目玉」のシンボルを見ることができる。

フリーメイソンは、古くは歴代アメリカ大統領、英国のチャーチル、モーツアルト、ゲーテなどがその会員とされており、そのベールは未だに謎に包まれながらも歴史上の主要な出来事(冷戦終結、ピラミッド、明治維新、イラク戦争等)において陰で糸を引き、世界を牛耳ってきたと言われている巨大組織だ。

そういえば新渡戸稲造が肖像の旧5000円紙幣も、富士山の肖像を透かすとちょうど真ん中あたりに目玉のような日銀のシンボルマークが浮き上がり、フリーメイソンの「ピラミッドと目玉」を彷彿とさせる。

新渡戸稲造も日銀の職員の一部もフリーメイソンの会員であったという噂もあるし、どうも偶然とは思えないのだが考えすぎだろうか。

そんな謎とロマンにうちひしがれたところで今回の日記を終わる。


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2005年07月11日

出会われ系

出会いを求めているにも関わらず、出会いがないと嘆く人がいる。
しかし一方で、よもや自分が出会いだと思っていないところでじつは人から出会いだと思われているケースが少なからずある。

そういった場合、気付かないことがほとんどだろう。しかもなぜか、当の本人を通り越して第三者がその事実を知っていたりする。

私もそういった「逆出会い」を逃し、後悔することが少なからずあった。それもやっぱり、連絡がつかない状態になってから周囲から聞かされて初めて知ったりするのだ。ギャフン!

もちろん気づいた時には後の祭り状態なので、鈍感だった自分を責め、教えてくれなかった周りの人にやつあたりしたくなる気持ちになりそうだ。が、まあ興味を持たれていたということなので悪い気はしない。

以上の教訓から、これから出会いを見つけたい人は是非改めて身の回りをチェックし、油断しないように気を張りつめていただきたい。

ただし自意識過剰は禁物だ、と、どっちやねん的なややこしいアドバイスをしたところで今回の日記を終わる。


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2005年07月10日

裁判傍聴しに行こうぜ

先日、初めて裁判の傍聴に行ってきた。何年か前から行きたいとは思っていたが、ちょっと面倒くさそうなのと、忘れいた時期もあったのとでなかなか行くことがなかったのだが、今回ようやくその重い腰を上げた感じだ。

とりあえず、行ったことがない人のために解説をしておくと、裁判を傍聴するのに準備はいらない。特に傍聴したい裁判があるならあらかじめチェックを入れておくことをオススメするが、飛び込みで行っても何ら問題はない。

ただ、雨の日などは法廷内に傘を持ち込めないので、傘を持ってきたら入口付近にある傘ロッカー(?)に挿しておこう。

で、裁判所に入るとエントランスホールに本日のスケジュールが記載されたファイルがあるので、それを参考にしてお目当ての法廷に行く。ファイルの場所や、わからないことがあればとりあえずそこらへんにいる警備員さんに訊いてみよう。仕事なので教えてくれる。

ではいよいよ傍聴に入る。が、法廷に入る前に、入口の小窓から傍聴席の様子を伺うことができるので一応チラ見して、どの席に座るかチェックしておくのも良いだろう。また、もちろん携帯やPHSの電源を切っておくのを忘れずに。

あとは法廷に入り、傍聴席に座るだけだ。当たり前だが、人を裁く神聖な場所なので私語は厳禁。カメラ撮影や録音もタブーだ。出入りに関しては自由にできる。

そんな感じで、かなり簡単に裁判は傍聴できる。当前だが、実際の裁判はドラマや映画に比べるとやや事務的で退屈だ。弁護士が「異議あり!」と叫びながら詰め寄ったりする場面や、後から新証人が現れて逆転することもない。

しかし目の前で行われている裁判は現実のもので、その背景には実際の事件や事故があったのだ(稀にない場合もあるが)。閉廷時に被告にはめられる手錠も本物。このあたりはフィクションとは違い、やはり緊迫感を感じずにはいられない。

と、なかなかの暇つぶしを見つけたところで今回の日記を終わる。
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2005年07月08日

ヨハネスブルク

先日もこのブログにおいても軽く紹介したが、とにかくヨハネスブルクは世界一治安が悪いことで有名だ。

だがなぜそこまで治安が悪化してしまったのか。一説によると、アパルトヘイトが終わり、様々な人種の分け隔てがなくなったことがその理由ではなかろうかということらしい。確かなことはわからない。
そしてヨハネスブルクにおける犯罪者の多くが黒人で、被害者の多くが外国人であるという。

歴史的に黒色人種たちは、長く理不尽な差別を受け続け、人間とも思えぬ酷い生活を強いられてきたことは皆さんもご存知だろう。

ところが戦後、世界的な差別撤廃・人権尊重の動きから、以前よりは(未だに人種差別は存在はしているが)だいぶマシな生活を送れるようになってきたように思う。

しかしながら、残念なことに彼らはヨハネスブルクという世界一悪名の高い街を生み出すという結果へとミスリードしまったのだ。

そういった点を踏まえると、民族としての誇りや過去の痛々しい惨事は一体…と、思ってしまわざるを得ない。こんなことでは、黒人の地位自体がまた脅かされるという事態にもなりかねない。

ただ「お前ら平和ボケした日本人に何がわかるか」と言われてしまえば、返す言葉に詰まってしまう。確かに、ヨハネスブルクに生まれ、当たり前のように犯罪が蔓延る環境で育てば、誰でも罪を犯すことに抵抗を感じなくなってしまうということもあるかもしれない。

だが犯罪行為そのものは許されるものではない。この街の人々が平和で穏やかな日々を過ごし、民族としての誇りを取り戻す日が来るのはいつになるのだろうか。

今日、経緯は違えど民族の誇りを失いつつあるのは日本も同じだ。
そんな日本に生まれ育った自分も、襟を正し、世界の模範となるような立派な民族を目指さなければならないと痛感したところで今回の日記を終わる。

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2005年07月05日

性格美人

女に説教をしたい気分なので、今回は少し辛口めにいく。

たとえば好きな男がいて、その男を振り向かせたいと思った女はまず、より美しくなるべくメイクを念入りにし、ダイエットを始め、彼好みの服を着たり、改めて美容院に行ったりするだろう。もちろん、間違ってはいない。男(というか人間)は視覚からの刺激を重視する。裏付ける統計があるのかどうかは知らないが、多くの男諸君はうなづけるところだろう。

しかしながら、私は思う。女諸君は、あまりに外見やしぐさといった表面的な美しさばかりを追求していないか。性格や価値観はその後何か変わったのか。中には、美しくなることによって性格が前向きになる(なった)という人もいるだろう。もちろんそれはそれで結構なことだが、男としては、己のメンタルな部分にももう少し気を遣っていただきたいのだ。

良い部分はさらに伸ばし、悪いと自覚がある部分は極力直す。男と女のものの見方・考え方の違いを知り、男心もある程度理解するように努める。そして、それらを常に意識する。
また、求める相手が自分にとってすごく魅力的に映るのであれば、自分もそれに見合うだけの努力を惜しんではならないだろう。万が一失敗に終わったとしても、努力をしたという事実は無駄にはならないはずだ。

外見的な美しさは特に、交際を始める前の段階において非常に重要だが、これらのいわば内面的な美しさは「付き合い始めてから」非常に重要だ、と私は思う。だから、自分自身を改めてもう一度見つめなおす。

と、またもや無責任な発言をしたところで「じゃあお前は何様なんだ」というコメントを浴びせられそうなので、そそくさと今回の日記を終わる。
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2005年07月01日

スウィーツ・ハラスメント

私は基本的に好き嫌いがない。しかし、食べられなくはないが自分からあまりすすんで食べないものがある。そのひとつが菓子類だ。
甘いものでも果物など自然の甘みは許容範囲というか、むしろ好みなのだが、スーパーやコンビニで売ってる菓子やデパ地下スウィーツなどはちょっといただけない。

で、本題に入ろう。時々、女が菓子をくれることがある。本当は気がすすまないが、「要らない」と言ってしまうとなんだか相手に悪いのでひとこと礼を言って、貰う。

恐らく女同士の間ではお菓子の交換をすること自体普通の慣習なのかもしれないが、一部の男にとってこの行為はありがた迷惑というか、親切の押売りにさえ感じてしまうこともある。もちろん、貰って純粋に嬉しいという男も多くいるのだが。

断れる状況ならば極力断るようにしている。しかし皆に配るように渡された場合などは、一人だけ断るのは厳しい空気が漂っている。ある意味では拷問だ。

どうせなら、ガムやタバコ、コーヒーをもらえる方が嬉しい。アメやチョコレート菓子は、悪いがちょっと論外だ。

恐らく私のような男は世間的に少数派かもしれないが、周りに聞く限りでは意外にこういった男は多かった。

差し上げる前にひと言
「〇〇君は甘いもの大丈夫?」
と訊く配慮をもった女は、男心を理解しようと努力している女かもしれない。

と、無責任なまとめ方をしたところで、今回の日記を終わる。
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